名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)2766号 判決 1969年8月29日
原告
鈴木良幸
被告
フジパン株式会社
ほか一名
主文
一、被告らは各自、原告に対し四六万二、八八二円およびこれに対する昭和四三年六月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その一を被告らの各負担とする。
四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
(当事者双方の求める裁判)
一、原告
被告らは各自、原告に対し一一六万円およびこれに対する昭和四三年六月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
との判決。
(請求の原因)
一、本件事故の発生
原告は、昭和四二年七月三〇日午前六時五〇分頃、乗用四輪自動車を運転して、名岐バイパスを岐阜方向に進行中、被告益川正美(以下被告益川という。)運転の小型貨物自動車(以下加害車という)に追突された。
二、受傷
右事故により原告はムチウチ症の傷害を受け、昭和四二年七月三〇日から昭和四三年一月三〇日まで病院へ通院して治療を受けた。
また原告の車に同乗していた原告の長男(満七才)は約六メートル投げとばされて意識不明となり、昭和四二年七月三〇日から同年九月二〇日まで病院へ通院して治療を受けた。
三、被告らの責任
本件事故は被告フジパン株式会社(以下被告会社という)の従業員である被告益川が被告会社の業務に従事中、前方不注視の過失により惹起したものであるから被告益川は民法七〇九条により、被告会社は同法七一五条により、原告が本件事故によつて蒙つた後記の損害を賠償する義務がある。
四、損害
原告は行政書士業、建築設計業、労務管理士業、中部日本開発株式会社代表取締役、富士商業株式会社監査役等を営み、一方中京法律学校在学中の者であるが、本件事故のため前記の通院治療期間中(六カ月間)営業が一切できず、次のような損害を蒙つた。
(一)会社役員給料損失分 三九万九、〇〇〇円
(1)中部日本開発株式会社代表取締役給料
一カ月五万円宛六カ月分 三〇万円
(2)富士商事株式会社監査役手当
一カ月一万六、五〇〇円宛六カ月分 九万九、〇〇〇円
(二)自家営業損害金 五四万円
(1)各種会費
行政書士会々費(一カ月一、〇〇〇円宛六カ月分) 六、〇〇〇円
労務管理士会々費(一カ月八〇〇円宛六カ月分) 四、八〇〇円
宅建取引会々費(一カ月九〇〇円宛六カ月分) 五、四〇〇円
(2)事務所維持費等
事務員給料(一カ月二万三、〇〇〇円宛六カ月分) 一三万八、〇〇〇円
事務所維持費(一カ月一万四、三〇〇円宛六カ月分) 八万五、八〇〇円
(3)営業利益損
原告は一カ月平均六万一、六〇〇円の純益を得ていたが、内一カ月五万円の割合で六カ月分三〇万円の請求をする。
(三)授業料 二万一、〇〇〇円
原告が在学している中京法律学校の授業料は年四万二、〇〇〇円であるが、原告は六カ月間通学できず、その間二万一、〇〇〇円の損害を受けた。
(四)疾病見舞に対する返礼費 九万六、〇〇〇円
取引先、知人、親族その他四八名に対する返礼として一人当り二、〇〇〇円の割合による費用。
(五)通院交通費 一万四、五六〇円
一回二六〇円(往復)宛五六日分の通院タクシー代
(六)自己購入薬品代 六、〇〇〇円
貼薬代、ガーゼ・タオル代、他
(七)慰藉料 一八万三、四四〇円
原告自身の傷害に対する慰藉料 一五万円
長男の傷害に対する原告の慰藉料 三万三、四四〇円
三、結論
よつて、原告は被告らに対し前項の損害の合計一二六万円から、すでに支払を受けた一〇万円を控除した残金一一六万円とこれに対する昭和四三年六月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの主張)
請求原因第一項(本件事故の発生)、第三項(被告らの責任)記載の事実および第五項中原告が一〇万円の支払を受けたことは認める。その余の事実は知らない。
(証拠)〔略〕
理由
一、本件事故の発生事実および被告らの責任原因事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば被告益川は民法七〇九条により被告会社は同法七一五条により、原告が本件事故によつて蒙つた後記の損害を賠償すべき義務がある。
二、受傷
〔証拠略〕によれば次のような事実が認められる。
原告は本件事故により頭部、頸部挫傷の傷害を受け、昭和四二年七月三一日から同四三年一月二六日まで坂文種報徳会病院へ通院(実治療日数四〇日)して治療を受けた。
また原告運転の自動車に同乗していた原告の長男である訴外鈴木一幸は頭部挫傷ならびに擦過創、右下腿挫傷の傷害を受け同四二年七月三一日から同年八月二九日まで前記病院へ通院して治療を受けた。
三、損害
(一) 営業上の損害
〔証拠略〕によれば次のような事実が認められる。
原告は本件事故当時、行政書士、建築士、労務管理士の登録をなし、それらの営業をするかたわら、中部日本開発株式会社の代表取締役、富士商事株式会社の監査役を兼ねていた。
右の中部日本開発株式会社は宅地建物取引業の免許を有する原告を中心にし、不動産取引業を目的として本件事故の三カ月余り前の昭和四二年四月に設立されたものであるが、その本店は原告自身の営業所にあり、社員は原告の他一名で、他に原告自身の営業をも兼ねて女子事務員一名を使用していた。そして原告が本件事故により不動産取引ができなくなつてからは営業ができなくなつたため、引き受け中の事件等の処理が終つた同年九月に右の事務員を解雇してしまつた。
また前記の富士商事株式会社は不動産(アパート)を所有し、これを賃貸して賃貸料を得ていた会社である。
原告は前記傷害のため、昭和四三年一月まで仕事ができなかつた。
以上のように認められ、右認定を左右する証拠はない。
(1) 会社役員給料損失分について
前認定の事実によれば、中部日本開発株式会社はその目的、構成員、営業形態等からして実質的には原告の個人会社というべきであるから、代表取締役としての収益は後記のとおり行政書士業等の損害とあわせて考えることとする。
また富士商事株式会社は前認定のとおり賃貸不動産の賃料を得ることを目的としていたものであり、原告の地位は監査役であるというのであるが、一般的にみて右役職は欠勤がただちに役員給料の支払停止に結びつくものではなく、そしてその具体的勤務内容について立証がないので〔証拠略〕もにわかに措信しえず、従つてこの点に関する原告の主張は採用しえない。
(2) 営業利益損 三八万六、三二二円
〔証拠略〕によれば原告の昭和四二年一月から本件事故発生時までの申告所得額は三一万七一〇円であり、また事故当時一カ月六万円宛の借財返済をしていたが、事故後右のうち四万円の返済はしたが、二万円の返済ができなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで中部日本開発株式会社が実質的には原告の個人会社と目すべきこと前述のとおりであるから、このことを右認定の事実と照し合わせて考えると、原告の本件事故当時の一カ月の収入総額は少くとも六万四、三八七円を下らなかつたものと推認できる。従つて、前記休業期間中の損害合計は三八万六、三二二円である。
(3) 事務所維持費等
自家用営業者が休業した場合には営業経費の支出を免がれるのが通常であるが、休業中にもかかわらず出費を免がれないものがある場合にはこの経費は損害賠償として認むべきである。ところで本件について検討する。
(イ) 事務員給料 二万二、四〇〇円
原告の従業員に対する給料の支払は前示のように残務整理のためのやむをえなかつた費用と認められるから、原告において現実に支払をなした二ヵ月分合計二万二、四〇〇円(甲第一三号証)に限つて損害と認められる。
(ロ) 事務所維持費 一万八、六〇〇円
原告がその事務所を維持するためにその主張のような経費を要したことは認められる〔証拠略〕が、右の費用のうち月額三、一〇〇円(火災保険料、固定資産税、自動車税)については本件事故による損害と認められるが、その余については営業を停止してもなお要する出費とは認められないから、本件事故による損害とはいえない。
(二) 各種会費について
〔証拠略〕によれば、原告が行政書士会、労務管理士会宅建取引会の会費として、その主張のような費用を出していたことが認められるが、右各会費は原告自身の地位に基づき出費する費用であつて、営業に要する経費とみるべき性質のものではないから、本件事故と因果関係ある損害とは認められない。
(三) 授業料について
〔証拠略〕によると、原告は事故当時中京法律学校に在学し昭和四二年度分の授業料四万二、〇〇〇円を納入したが事故のため六ヵ月間授業を受けられなかったことが認められる。
右受講できなかったことは本件事故による損害として金銭をもって償わるべきである。しかしてこの損害額は少くとも不受講期間の授業料の額を下らないものと考えられるから、これによる損害額は二万一、〇〇〇円とするを相当とする。
(四) 疾病見舞に対する返礼費について
〔証拠略〕によれば原告がその主張のような出費をしたことが認められるが、右は社会礼儀上の見舞に対する返礼としての贈与であるから本件事故による損害とはいえない。
(五) 通院交通費 一万四、五六〇円
〔証拠略〕によれば、原告は通院交通費として頭書の金額を要したことが認められる。
(六) 自己購入薬品代について
右費用の必要性および出費についての立証がない。
(七) 慰藉料 一〇万円
前示のような本件事故の態様、原告の受傷の部位・程度・治療経過その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を勘案すると原告の慰藉料は一〇万円が相当である。
なお、原告の長男の受傷の程度は前示のとおりであって、死に比肩すべきものとはいえないから、これに対する父親としての原告自身の慰藉料の請求は認められない。
四、損害の一部填補
原告が本件事故に関し被告らから一〇万円の支払を受けたことは自認するところであるから前項の損害の合計額からこれを控除するとその残額は四六万二、八八二円となる。
五、結論
以上のとおり、原告の被告らに対する本訴請求は被告らに対して四六万二、八八二円およびこれに対する本件事故発生の後である昭和四三年六月二〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 西川力一 高橋一之 村田長生)